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2014年7月17日 15:29  「大化改新」論の現在
『「大化改新」論の現在』
講師:仁藤敦史先生(国立歴史民俗博物館教授)
6月から始まった連続5回講座、先日(7月13日)はその
第2回「孝徳朝の外交基調」というものでした。

一部の人は「任那日本府」という言葉が頭に刷り込まれている。...
「なかった」といわれてもなにかボヤァとして・・・。

それに「大化改新」も「なかった」という説もあり・・・。

8月は2回、ボヤァ、ボヤァをすっきりさせるためにも、暑さもものとせず、勉強しようと思うのでありまする。




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2014年7月17日 15:18  東アジアの動乱と倭国
『東アジアの動乱と倭国』
戦争の日本史1 
森公章・著
吉川弘文館

外交・戦争と内政...
外交は「平時の戦争」と言われる。武力を行使する戦争を回避するために、常日頃から周囲の国々との関係において優位を勝ち取るという意味で「戦争」と表現されるのだろう。古代日本も例外ではない。現代社会ほどに緊密で日常的なものではないとしても、外交は国際社会の維持を目的としたやはり重要な課題であった。また近代的な概念としての国境が不明で、国家の枠組みや地域の勢力分布が流動的な段階にあったことを考慮すると、その枠組みを決定・維持する手段として外交も肝要であった。
 それでも不幸にして戦争が起きた場合には、できるだけ速やかに戦争を勝利に終わらせなければならない。戦略・戦術を駆使して勝利を導くのが理想だが、それはなかなか実現困難で、実際には戦争を有利な形で終結させるために、また外交が必要とされるのである。したがって外交と戦争は同一事象の両面であるともいうとができ、四〜七世紀の東アジアの動乱と倭国の処世を考究する際にも、戦争の状況だけでなく、国際情勢の推移と倭国の外交方策のあり方に目配りしなければならない。
 また外交方針の決定や戦争に突き進む背景には、当然それぞれの段階で各国が抱えている課題であるわけで、そうした国内事情にも着目する必要がある。古代日本の場合、中国王朝、朝鮮諸国との通交、先進文物の移入がどのような形で古代国家の体制整備を推進していくのか、またその結果としていかなる課題が生じたのか、倭国の内政面の解明にもつ努めたいと思う。

四〜七世紀の東アジアの動乱と倭国の外交・軍事、そして内政の展開
1 百済の対高句麗戦争と倭国……四〜五世紀を対象とし、高句麗の南下とそれに対抗する百済・新羅という構図の下に、倭国が百済に引き込まれる形で半島情勢に関与していく過程を描く。

2 加耶諸国をめぐる紛争……六世紀、高句麗の南下という従前からの課題に加えて、半島南部では百済と新羅が加耶諸国の併合をめぐって争う様子や百済支持の基調の下に倭国が加耶諸国をめぐるめぐる紛争にいかに介入していくかを整理する。

3 白村江への道程……七世紀、隋・唐の介入を含む半島情勢に関与し、白村江の敗戦に到る倭国の方向性などを検討する。

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2014年7月16日 17:46  『加耶と倭 韓半島と日本列島の考古学』
朴 天秀(パクチョンス)著
講談社選書メチエ
・古代韓日交渉史をみなおす
・ 加耶と倭−古代韓日交渉の始まり
・ 「任那日本府」はなかった−百済と倭...
・ 藤ノ木古墳馬具の出自はどこか−新羅と倭
・ 古代韓日交渉をどう見るか

馬具だ、古墳だ、土器だあ、百済だ、新羅だあ・・・頭の中がごちゃごちゃになってきましたので、すっきり復習です。好著ですね。

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2014年7月16日 17:45  司馬遼太郎『跳ぶが如く』
10巻 読了

晋ドン、モウココデヨカ。

 五月二十九日に人吉を退いた西郷が、宮崎の町に入ったのは三十一日であるらしい。結局、彼はほぼ六十日間、宮崎の町にいた。
...
 わずかに一万数千の兵しかもたない薩軍は、それをこなごなに分散して南九州の山や谷、道路の要項に割拠しているが、海岸線の防衛までは手がまわらなかった。とくに大隅半島の海岸と日向海岸は大きく空いており、政府軍がここに目をつければ、各地の薩軍はこれに応接することが不可能にちかかったに相違ない。

 「遠く豊後(大分県)に突出して、山陽道および四国に進出する足がかりを作るべきだ」としたのは、野村忍介である。
 有馬源内が宮崎の町へ行って桐野に説いたが、「自分には別な見込みがある」として承知しなかった。桐野の見込みがどういうものであるか、見当がつかない。要するに桐野はかれの腹中の三州(薩摩・大隅・日向)嬰守策をすてなかった。

 野村忍介は日向にいる。延岡を本営として、北方の豊後攻撃の準備を進めている。しかし、忍介の本音は(まずいことになったかも知れない)というところであったであろう。かれの意図は、元来、西郷を含め、薩軍の全力をあげて豊後を攻撃し、ここに居すわり、鹿児島県は一時政府軍にあたえてしまうというものであった。九州における東方への地理的衝角である豊前・豊後に位置しなければ天下に対する政治・社会心理的な衝撃力がない、というものであったが、その大計画が桐野の反対で縮小して野村の軍はあたかも孤軍のようになっている。かれの手兵二千余ぐらいが豊後に入っても、どの程度の政戦略の効果があるかとなると、実効はきわめて疑わしい。

 すでに開戦以来、政府は全国の鎮台のほとんどを動員している。大坂、広島、熊本、名古屋、東京、仙台、近衛および教導団(下士官養成所)といったものが明治初年の陸軍の正規兵だったが、この動員数は四万一千三百余人。これに対し、半正規兵ともいうべき北海道屯田兵が五百人、さらに新兵七千五百人、後備兵として召集した兵が六千四百人。次いで、非正規兵ながら実際の戦闘では大いに活躍した警視庁巡査が五千七百人。あわせて六万を越える兵力が、常時一万余の人数しかもたない薩軍を討つために動員され、九州の各地で戦った。
 
 岩倉はそれでもなお不安であるとし、薩軍が人吉に拠っている五月二十九日「第二号召募」と称する大募集を行うことを決定した。ただし、基本方針として、「兵隊を増員しない。巡査の形として徴募する」とした。ただ巡査の場合、徴兵というわけにいかず、志願者の自由意志にまかさざるをえない。このため岩倉は、諸参議や陸軍省の留守員などと協議したすえ、さまざまな手を打った。

 そのひとつは、旧藩主を動かすことだった。「ぜひ、おくにの旧藩士たちに対して巡査に応募するよう周旋してもらいたい」と、説くのである。廃藩置県をやって封建制を廃止してしまった元凶の太政官の最高職の次席である岩倉が、廃藩置県の被害者たちに協力をもとめるというのは、歴史の皮肉といっていい。さらに皮肉なのは、かつて倒幕の主導勢力だった西日本の諸旧藩を除外したことだった。戊辰のときに薩長から賊軍視された諸藩をえらんだ。選ばれたのは、十八県であった。(かれらは、薩摩がにくいはずだ)ということを見込んだのである。県名は、三重、岐阜、愛知、静岡、神奈川、埼玉、群馬、長野、石川、栃木、茨城、福島、宮城、山県、秋田、岩手、青森、新潟の各県である。
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 政府軍の兵数は、七万に達している。城山の薩軍は、三百内外にすぎない。
・・・・・・・・・・・・・・・

晋ドン、モウココデヨカ。

 別府は「そうじ(そうで)ごわんすかい」といって駕籠をおろさせ、従僕の小杉・豊富の両人に介添えされて地上に立った。かれは天地のなににもまして西郷がすきだったが、このとき気丈に抜刀し、西郷の背に立ったのは、西郷の介錯をするという栄誉と義務感にささえられていたからに相違ない。「御免なって賜(た)も」というや、別府の刀が白く一閃して西郷の首が地上に落ちた。

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2014年7月15日 17:44  『隠れキリシタン』
彼らの信仰は、キリスト教とは全く異なる「土着信仰」になっていた。

果たしてこれは正しい新説なのだろうか?
この記事を見て、かつて読んだ片岡弥吉著「長崎の殉教者」などで触れられていた明治初年の信徒発見、浦上四番崩れ、五島崩れなどはそれに金沢、大聖寺、富山に配流された隠れキリシタンのことを思い出しました。土着信仰になっていたとすれば、どういうことか?




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2014年7月15日 17:40  「銘文入り刀剣」
投稿3連チャンです。
馬甲とか馬冑だけでなく生きた「馬」だけでなく「石馬」・「銘文入り刀剣」にも関心あります。
結局、この時代が知りたいのです。



 


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2014年7月14日 17:38  在来馬の一考察
競馬はやりませんが、馬甲とか馬冑だけでなく生きた「馬」にも関心あります。
で、昨日の朝日新聞夕刊。
アハハハ、こんな青年いるなんて。
論文一本書いてくれい。




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