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2014年7月07日 9:49  古代東国の石碑 上野国と東山道駅路、北陸道駅路
 昨日は前沢和之先生(館林市史編さん専門委員・跡見学園女子大学兼任講師)の『古代東国の石碑が語ること』全3回のうちの第2回「多胡碑−建郡のぼう示と口示、山上多重塔−衆生済度の石塔」講座でした。
 第1回「山上碑・金井沢碑」に続く講座でした。
...
 この講座開設のきっかけは3年前に一巡目の『北関東の古墳をめぐる』で『西毛の大型古墳と上野三碑をめぐる』( 綿貫観音山古墳=観音塚考古資料館=倉賀野古墳群(浅間山古墳・大鶴巻古墳)=金井沢碑=山上碑・山ノ上古墳=多胡碑・多胡碑記念館=白石稲荷山古墳・藤岡歴史館・七輿山古墳・伊勢塚古墳)を実施し、実際に上野三碑を見ていたからです。

 で、上野三碑の手ごろな解説書として目にとめたのが前沢和之先生の著書『古代東国の石碑』(日本史リブレット・山川出版社)でした。

 縄文への関心もそうですが、大震災以来、「北」により関心が深まりました。恥ずかしながら関西育ちの私にはあの未曾有の大災害がなければ、東北(北海道も含む)へのまなざしも薄いままに一生を終えていたかも知れません。
まず近場の北関東からと先日やっと「北関東の古墳をめぐる全6回」の二巡目が終わったばかりです。

 さて、講座レジュメ中の地図を見ると東海道駅路と共に、多胡碑のある上野(こうずけ)から東山道駅路、北陸道駅路として越後、出羽へ道が延びている。そうか、上野国は太平洋側の陸奥国、日本海側の出羽国双方に向うのに便利な場所−随近国(ずいきん)国−なのだということを改めて認識しました。

 次回講座は『那須国造碑・多賀城碑』講座、その先に何を学べばいいのだろうか。一旦芽生えた東国への歴史認識、この講座だけで終わらせるわけにはいかないでしょう。東山道駅路、北陸道駅路、両翼の「北」へ向けて関心が深まります。

 


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2014年7月07日 9:47  司馬遼太郎『跳ぶが如く』
7巻、読書中。
あちゃちゃ、あと3巻と半分あるのに、こんな本,買っちゃいました。
3巻〆て1480円+税、新品同様です。
知った人に長岡出身の人がいて・・・より近くなりたいだけです。
『跳ぶが如く』と『峠』は関係ないようであるようで、アハハア。
ということは残り3巻半と3巻・・・。夏までに読み終えるか知らん。




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2014年7月07日 9:46  こんな邪馬台国論はどうでしょうか? 2 『新視点から纒向の国に迫る−祭祀と大麻と忌部氏と−』
 纏向祭祀遺跡から出土の桃の種からの推論は散見するが、同時出土の麻の種は見落とされている。というか。(大)麻はご法度ですからあえて口出しする学者もないのだろうか。ここに注目されたのが山口博先生です。
 図示するとこういうことになるそうです。
...
 松本清張ばりのご推理ですが、図を見てみなさん、納得?殊に、とかく考古学と神話の世界は別物とお考えの方・・・。

最近では森浩一先生ぐらいかなあ(お亡くなりになったことが残念です)、正面から『記紀』にも挑戦された考古学者は・・・。いや神話に手を出す大御所でない考古学徒はつぶされるのかな(余計な邪推ならごめんなさい)。
反論、異論、立場の違い、いろいろあるほうがアマチュア席からの歴史観覧はたのしい。やっぱり、邪馬台国はぬけだせません。




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2014年7月07日 9:44  こんな邪馬台国論はどうでしょうか? 1 『新視点から纒向の国に迫る−祭祀と大麻と忌部氏と−』
 535粒という驚異的数の麻の種子が纏向祭祀遺跡から出土、祭祀と大麻の関係を認識させてくれた。ユーラシアの彼方から、大麻と祭祀の密接さを追ってきた私は、この情報に後押しされて『大麻と古代日本の神々』を書いた。
 その後も思考は続く。纏向の国の巫女の神憑りには、審神者(さにわ)がセッティングされたはず。セッティングはどの氏族の担当だろうか。祭祀のための物作り担当は忌部氏、大麻に初めて関わる氏族も忌部氏、それなら、セッティングは忌部氏だろう。纏向に近いホケノ山古墳と阿波忌部氏の萩原古墳は密接である。畝傍山近くの忌部山遺跡は高地性環濠集落。この形式の集落も萩原古墳地域にあった。阿波から東進し大和に居住した忌部氏こそ、纏向の国の司祭氏族ではなかったか。一大祭祀氏族である忌部氏が祭祀を司るなら、纏向の国は倭国...最大の国だ。それは邪馬台国?忌部氏同様に卑弥呼も西海からの東進だろうか。6月に放映されたNHKテレビ「歴史秘話ヒストリア」の卑弥呼は、大麻で幻覚状況となり神憑りしていた。私はその審神者でかしずく忌部の司祭の姿を思う。ホケノ山古墳の被葬者は忌部氏の人だろうか。
大麻、忌部氏、纏向、邪馬台国、卑弥呼、新たなミッシングリンクが創れるだろうか。
http://www.tonbonome.net/index.php?page=event_ev1409190

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2014年7月04日 10:32  『北関東の古墳めぐり』
 今年2月より月一回の割合で計6回で2巡目(金井東裏遺跡は番外・初回)の日帰り・『北関東の古墳めぐり』をした。
本日、『さきたま古墳群』見学をもって、一応終了した。

『西毛の大型古墳と上野三碑をめぐる』
 綿貫観音山古墳=観音塚考古資料館=倉賀野古墳群(浅間山古墳・大鶴巻古墳)=金井沢碑=山上碑・山ノ上古墳=多胡碑・多胡碑記念館=白石稲荷山古墳・藤岡歴史館・七輿山古墳・伊勢塚古墳

『上毛野の古墳の石室を見学する』
 総社古墳群(総社二子山古墳・愛宕山古墳・宝塔山古墳・蛇穴山古墳)=山王廃寺=上野国分寺・資料館=昼食=かみつけの里・保渡田古墳群(井出二子山古墳・保渡田八幡山古墳・保渡田薬師塚古墳)=三津屋古墳

『上毛野東部の大型古墳をめぐる』
 太田天神山古墳・女体山古墳=朝子塚古墳=円福寺茶臼山古墳=天良七堂遺跡(新田郡家跡)=二ツ山1号・2号墳=寺井廃寺=巖穴山古墳=鶴山古墳=亀山古墳=八幡山古墳=藤本観音山古墳=正円寺古墳=足利公園古墳群

『下毛野の大型古墳と寺院跡をめぐる』
 摩利支天塚古墳・琵琶塚古墳=甲塚古墳=しもつけ風土記の丘資料館=下野国分寺・国分尼寺=国分寺愛宕塚=山王塚古墳・丸塚古墳=吾妻岩屋古墳=御鷲山古墳=下野薬師寺跡・下野薬師寺歴史館=別所山古墳

『金井東裏遺跡と関連遺跡・遺物見学』
 金井東裏遺跡の現地=渋川市中筋遺跡=群馬県埋蔵文化財調査センター=かみつけの里博物館・保渡田古墳群

『さきたま古墳群と北武蔵の古墳をめぐる』
 小見真観寺古墳=地蔵塚古墳=八幡山古墳=真名板高山古墳=さきたま古墳群(稲荷山古墳・二子山古墳・将軍山古墳他)・さきたま史跡の博物館=吉見百穴横穴墓群=とうかん山古墳

残りは、また秋から再開だが、あと以下
『下毛野の古墳群と磨崖仏を訪ねて
 壬生車塚古墳・牛塚古墳=壬生愛宕塚古墳=壬生町歴史民俗資料館=東谷古墳群(笹塚古墳・双子塚古墳)=塚山古墳群(塚山古墳・塚山西古墳・塚山南古墳)=栃木県立博物館=大谷磨崖仏=長岡百穴横穴墓群=北山霊園古墳群(権現山古墳・電山古墳・宮下古墳)』

が残っているが、このシリーズの3巡目は2年ぐらい先になると思うが、また訪れたい。
今年初冬あたりから来春にかけて今度は地域をかえて千葉県内の古墳も見にでかけたいが、何回になるか。
これからプランを練らねばならない。

写真は今期最後となった「さきたま古墳群」から

 

 


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2014年7月01日 17:52  遺産登録「次」への課題
「シルクロード関連」
中韓国との協力が大事
(朝日新聞2014年6月30日)
※ 記事では産業革命遺産
  価値を明快に示せるか
二件が掲載されていたがあえて「シルクロード関連」だけをとりあげたことを
お断りしておきます。




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2014年7月01日 17:51  トルコ、「ブルサとジュマルクズック」、「ベルマガと多層的文化の背景」2件が世界遺産登録
トルコ共和国大使館は、このほどカタールのドーハで開催された第38回世界遺産委員会で、「ブルサとジュマルクズック」と「ベルマガと多層的文化の背景」が世界文化遺産に正式登録されたと伝えた。
今回の登録で、トルコ国内の世界遺産は13件となる。

 ブルサはマルマラ地方の南に位置するオスマン帝国発祥の地で、ジュマルクズックはその近くに位置する村。14世紀初頭にオスマン帝国の首都が置かれていたため、現在でも当時のスルタンたちの廟が残っている。そのほか、モスクなどの宗教建築や宗教学校、大衆浴場、慈善施設なども残されている。

 ベルガマはトルコ西部のエーゲ海地方に位置し、かつてはペルガモンと呼ばれていた。ペルガモン王国の都だったアクロポリス遺跡、古代医療施設のアスクレピオン跡、トラヤヌス神殿などの寺院などの歴史的建造物が、観光客の人気を集めている。

トルコといえば奇岩・奇景のカッパドキアやアジアとヨーロッパの十字路・イスタンブールはまず頭に浮かぶが、私としてはエーゲ海ぞいのトロイの遺跡、クレオパトラとアントニウスが過したエフェソス、石灰棚の奇勝・パムッカレが好きです。古代ギリシャ・ローマ時代の遺跡、その一つがペルガマです。
※ベルガマ
アレクサンダー大王の死後、引き継いだフィレタイロスが築いたペルガモン王国の都、アクロポリス遺跡は有名な観光名所で、ベルガマの街並みを一望出来る。他にも、大劇場やトラヤヌス神殿など、ローマ時代の歴史的建造物が立ち並ぶ遺跡群が残る。1860年代、ドイツの建築家カール・フーマンにより遺跡群は発見され、出土品の多くはベルリンのペルガモン博物館に収められている。




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