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『トンボの眼』バックナンバー

No.17 2009年10・11・12月号
知床の旅で学んだ「共生の風景」

白鳥正夫  ジャーナリスト

法要で勧進役を務める立松さん

 この夏、知床を訪ねた。知床と言えば、手つかずの自然美が残り、2005年に世界自然遺産に登録されている。それゆえ環境保全と観光開発の矛盾する課題に直面しているのだ。知床を20数年前から定点観測しているのが、行動作家で知られる立松和平さんだ。この山里に立松さんの尽力で造られたお堂があり、毎年法要が営まれている。立松さんの誘いもあって、15周年を迎えた節目の例祭に出向いた。地元の人たちに加え全国各地から約300人が駆けつけた。そこには人と人、人と自然、動物と自然の「共生の風景」があった。

 今回の旅の目的は知床の観光ではなく、立松さんが勧進の法要参列と、前日に開かれる「知床世界自然遺産フォーラム」の聴講だった。とはいっても合間を縫って、知床半島にも足を伸ばした。雄大な羅臼岳を望みながら丘陵地を駆けていると、沿道には野生のシカやキツネを見かけた。

 国道沿いにオシンコシンの滝に立ち寄った。落差が80メートルあり、流量も豊富だった。さらに車を進めると、知床連山の懐に5つの湖が原生林の中にひっそりとたたずむ。知床五湖には木造の散策路が設けられ、本来なら順繰りに巡回できるのだが、クマが出没する恐れがあり最初の二湖だけしか見ることができなかった。知床連山を湖面に映し優美な光景だ。入り口近くにはオホーツク海が望める展望台があり、木造の通路が整備されていた。

流量もたっぷりの「オシンコシンの滝」

 知床岬へは国立公園の特別保護地区に指定により陸路は制限されており、ウトロ港からのクルーズ船だけだ。海岸線に沿って進む海から奇岩や壮麗な滝、さらには知床連山の眺めはすばらしいと思えるが、次回に持ち越した。冬の知床は雪に閉ざされ、海は流氷に覆い尽くされる。そうした厳しい自然ゆえ、知床は特有の海洋および陸上の生態系を保持してきたといえる。

 森には針葉樹と広葉樹が繁り、その大木にオジロワシやシマフクロウなどの絶滅危惧種の鳥が生息し、様々な海鳥が巣をつくっている。陸にはヒグマやエゾシカ、キタキツネなどの野生生物が暮らし、海にもトドやアザラシ、イルカなどが生息する。

 知床では冬に流氷が運んできた多くの植物プランクトンを春に氷が溶けると小魚が食べ、その小魚も大きな魚や鳥の餌に、そして川を遡上するサケはクマの餌に、といった食物連鎖が繰り返されてきた。そしてこの地に入植した漁師たちもその自然生態系の中で暮らしているのだ。

知床連山を湖面に映す知床五湖

 立松さんは「知床には自然生態系が残っているだけでなく、そこには入植した開拓民が自然と共生し細々と生きているのです。漁師の立場で言えば、クマは人を恐れない。漁師もクマを恐れなくなった。クマはクマを生きている。ヒトもヒトを生きなければいけない、ということです。知床ではこの点に本当の価値があります。人間の生態系があって漁師がそこで生活している点がすばらしいのです」と話していた。

 立松さんは大学生時代に知床に来て、自然いっぱいの秘境を知った。そして20数年前にテレビの仕事で何度か取材しているうちに、ログハウスの山荘を買い求めた。地元の有志からの要請で昔あった神社の復活話を要請された。立松さんは友人の法華宗の日照山法昌寺福島泰樹住職に相談して、北方の守護神でもある毘沙門天を祀る毘沙門堂を15年前に手造りした。細部は大工さんに仕上げてもらったが、みんなで板を切り、丸太を運んで建てた、という。その後、法隆寺の支援で聖徳太子殿と観音堂が建立された。

 法要には、福島住職をはじめ法隆寺の大野玄妙管主や京都仏教会理事長で相国寺派の有馬頼底管長ら僧侶だけでも26人も参列した。立松さんが法衣を身にまとい勧進の役を担っていた。法要の前日には、「知床世界自然遺産フォーラム」が斜里町で開かれた。第1部は観光、農業、漁業関係者や行政の責任者が2時間にわたってバトルトークを交わされた。第2部では立松さんが司会を務め世界文化遺産の法隆寺の大野管主や、京都の遺産、金閣・銀閣寺を擁する相国寺派の有馬管長らによるパネルディスカッションも催された。

 知床では急増したエゾシカがウトロの街中を歩き回り、庭の植木や農作物を食い荒らし、冬場には立ち木の樹皮まで食べてしまい木が枯れるなどの問題が生じています。またクマも生息密度は高く、知床五湖周辺だけでなく人家や道路にまで出没している。さらに問題なのは観光客の増加によって、車からの排気ガスが増え、せっかくの遊歩道も踏み荒らされてしまうなど様々な課題に直面しているのだ。

生活者や行政の方が集い開かれた「バトルトーク」

 保全か開発か―世界自然遺産に登録され5年目を迎えて、生活者や経済界、行政、識者といったそれぞれの立場から本音の意見が出され、多くの課題が露呈した。しかしこうした議論を通じ、世界遺産への地域の取り組みの大切さを浮き彫りにした。

 世界遺産に登録されてからの知床では、ウトロの漁港近くの埋立地に道の駅が完成し、世界遺産センターなどの整備も進んでいる。一方、埋め立てに伴って海流の変化や、浜辺に観光業者が進出し、農業従事者のサービス業への転進など産業基盤の変化ももたらせている。

 今まで知床を守ってきたのは、半島の中央部に連なる連山、そして岬への海岸にそそり立つ断崖など険しい知床自身の自然だったのだろうと思う。「知床はいつまでも知床であり続けてほしい」。立松さんの願いが切実に感じられた旅だった。帰路、ほとんど車の出合わない道を女満別空港へ走り抜けた。「共生の風景」が営々と続くことを願わずにはいられなかった。