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『トンボの眼』バックナンバー

No.20 2010年9・10・11月号
ユネスコ世界遺産関連

どうなるユネスコ無形文化遺産

毛利和雄  ジャーナリスト

壬生の花田植え

 30年ほどで登録が全て終わると考えていたのに、100年以上かかるかもしれないとなると、今後の見通しはいったいどうなるのだろうか?ユネスコの無形文化遺産保護条約にもとづいて、代表一覧表に登録するかどうか審査する件数が大幅に絞り込まれる可能性が出てきたことで、日本の無形文化遺産の登録に暗雲が漂うことになった。

 ユネスコの無形遺産条約は、2003年に採択され、06年4月に発効した。条約に基づく無形文化遺産の代表一覧表への登録は09年から始まった。日本は、14件を推薦し、そのうち13件が登録された。世界では、111件が推薦され、登録は76件。傑作宣言された無形文化遺産も、条約による代表一覧表に記載されたので、日本の登録件数は、能楽、人形浄瑠璃文楽、歌舞伎を含め計16件となった。

花田植会場での花笠踊り

 無形文化遺産の登録の決定は、条約の締約国から選出された24カ国による政府間委員会が行うことになっている。政府間委員会に先だって、委員国の内の6カ国で構成される補助機関が審査を行う。この事前審査は、推薦書に記載された内容が外形上、要件を満たしているかどうかを審査するだけである。

 無形文化遺産には、世界遺産とは違って「顕著な普遍的価値(OUV)」は盛り込まれておらず、価値に関する専門家の機関による評価は行われない。現地に出向いての調査も行われない。この件に関し、「人類の口承及び無形遺産に関する傑作の宣言」を引き合いに出して、「圧力によって『骨抜き』にされた」と説く文章に出会ったことがあるが、いささか誤解に基づくものではなかろうか。無形文化遺産は、条約の定義によれば、「社会、集団及び場合によっては個人が自己の文化遺産の一部として認める、慣習、描写、表現、知識及び技術並びにそれらに関連する器具、物品、加工品及び文化的空間」をいう。この定義にも表れているように、無形文化遺産を生みだした社会、集団、場合によっては個人とのかかわりを重視しており、社会、集団、個人に優劣はつけられないのである。

 したがって、推薦できる件数にも制限は設けられなかった。そこで、日本としては文化財保護法で指定した無形文化遺産に該当する「重要無形文化財」、「重要無形民俗文化財」、「選定保存技術」すべての登録をめざすことにした。三つを12の分野に細分し、地域的なバランスも考慮しながら、指定年度順に選んで、毎年約12件ずつ推薦する方針を打ち出した。

誇らしげな笑顔が印象的な原渉也君

 初年度の推薦を前に、「アイヌ民族を先住民族とすることを求める国会決議」がされたことから,日本の文化の多様性を一層示す観点から、上述した枠組みとは別に、「アイヌ古式舞踊」を加え、第1回提案候補として14件が提案された。その結果は、13件が登録の勧告だったが、「木造彫刻修理」は不登録の勧告だったため、政府間委員会への提出を取り下げた。

 09年8月末に締め切られた第2回目の提案では、日本は13件を提案した。世界では35カ国から147件が提案された。ところが、同年9月にアブダビで開かれた政府間委員会で、第2回目の提案案件の審査数を制限する提案がされ、優先順位をつけて審査する合意がなされた。その結果、10年5月に行われた補助機関による事前審査では、日本が提案した13件中、審査されたのは「(沖縄の)組踊」と「結城紬」の2件だけで、他の11件は未審査のまま積み残しとなった。世界では、事前審査されたのは54件で、93件が未審査。

 日本には、文化財保護法で指定、選定した無形文化遺産は、四百数十件あり、推薦できるものは全て推薦して、ユネスコの無形文化遺産代表一覧表に載せる方針だった。毎年十数件ずつ登録できれば、30年ほどで、その全てが登録できる勘定だった。ところが、これが毎年3件ずつともなれば、全ての登録が終わるのには100年以上かかることになる。もっとも、今後の審査をどうするかについては、11月にケニヤのナイロビで開かれる政府間委員会で審議されることになったので、今後の見通しには流動的な面もある。

壬生の花田植え 代かき

 ユネスコの無形文化遺産の登録に関して長々と述べてきたが、問題は日本の各地で伝えられている無形文化遺産の行方である。

 去年ユネスコに推薦され今年の審査は見送られた、広島県北広島町の「壬生の花田植」が6月に行われたので出かけてみた。田植を囃す太鼓の囃し手に今年初めて加わった小学5年生の原渉也君が紹介され、はにかみを含みながらも誇らしげな笑顔が印象に残った。壬生の花田植がユネスコ無形文化遺産に登録されるのは何時になるのだろうか?

 人口減少、少子高齢化が進む日本において祭り、民俗行事など無形文化遺産は、地域社会の精神的な核を成している。日本における無形文化遺産の行方と、それとの係わりでユネスコの無形文化遺産はどのような展開を遂げるのであろうか。

撮影/毛利和雄