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シンポジウム・『トンボ塾』案内

七世紀の外交と王権

講師:仁藤敦史先生(国立歴史民俗博物館教授)
定員:90名
資料代:1,500円・5回連続7000円(事前払い)

 推古朝から天武・持統朝に至る七世紀の外交は、隋唐帝国の成立による軍事的・政治的介入が東アジア諸国の緊張をもたらし、その国家的対応として権力集中を試みた時期として位置付けられる。かって石母田正は、古代国家の成立過程においては、国内的な諸矛盾だけでなく「交通」により媒介された国際的環境が独立的要因として作用したと論じたが、本講座では、こうした指摘を批判的に継承し、七世紀後半における古代国家成立過程において、国際的環境が内政にどのように作用したのかを具体的に検討したい。


第1回 『蘇我氏の百済外交』

日時:2010年4月10日(土) 13:30〜15:30 (開場13:00)
会場:豊島区立生活産業プラザ(豊島区東池袋1-18-1)
交通:JR、東京メトロ(丸の内線、有楽町線、副都心線各線)池袋東口下車徒歩7分
地図:こちらの地図を参照ください

 蘇我氏による百済外交は、倭の五王段階のような直接的な軍事介入が成功しなくなったことをうけて、欽明朝以降に百済への「任那割譲」に対する見返りとして、質や賂として仏教や五経博士のような継続的な先進文物の導入が図られたことにより展開した。以後は直接的な兵力の渡海は控え、威嚇のみに留まるようになる。

第2回 『推古朝と遣隋使』

日時:2010年5月8日(土) 13:30〜15:30 (開場13:00)
会場:豊島区立生活産業プラザ(豊島区東池袋1-18-1)
交通:JR、東京メトロ(丸の内線、有楽町線、副都心線各線)池袋東口下車徒歩7分
地図:こちらの地図を参照ください

 推古朝の外交基調は、蘇我氏による百済外交を基本としつつも、新たに新羅や唐との交渉が加わる。とりわけ600年の遣使を契機とした内政の整備、大唐国からの留学生・留学僧の帰朝による外交的対立、高表仁と王子との争礼による対中国外交の行き詰まりが蘇我氏の打倒に至る前史となる。

第3回 『孝徳朝と前期難波宮』

日時:2010年6月6日(日) 13:30〜15:30 (開場13:00)
会場:江戸東京博物館会議室

 外交路線の対立(韓政)により蘇我氏滅亡が滅亡し、外交儀礼の場として前期難波宮が大郡などを改造して造られた。ここは、唐・新羅に対する外交的な拠点として構想されたと考えられる。藤原宮の朝堂院までこうした施設が飛鳥に造られなかったことと、外交使節の飛鳥への入京が途絶えることは表裏の関係にある。

第4回 『斉明朝と飛鳥寺の西の広場』

日時:2010年7月4日(日) 13:30〜15:30 (開場13:00)
会場:豊島区立生活産業プラザ(豊島区東池袋1-18-1)
交通:JR、東京メトロ(丸の内線、有楽町線、副都心線各線)池袋東口下車徒歩7分
地図:こちらの地図を参照ください

 飛鳥寺の西の広場におかれた須弥山は、仏教的世界観における世界の中心で、ここで辺境地域の隼人や蝦夷の服属儀礼や饗宴をおこなったことは、斉明朝における仏教を中心にした天下観の構想を示している。阿倍比羅夫の北征により捕虜となった三種類の蝦夷は、遣唐使により中国まで送られ、倭国の大国的立場の承認を求めるために用いられた。

第5回 『天智朝と白村江の戦い』

日時:2010年8月1日(日) 13:30〜15:30 (開場13:00)
会場:豊島区立生活産業プラザ(豊島区東池袋1-18-1)
交通:JR、東京メトロ(丸の内線、有楽町線、副都心線各線)池袋東口下車徒歩7分
地図:こちらの地図を参照ください

 白村江の戦いは、蘇我氏以来の百済中心外交の行き着く先であり、唐の東アジア諸国に対する積極的介入は、中国に対する属国化と全面対決による戦争という極端な外交的な選択肢を東アジア諸国が、選ばざるをえなかったと考えられる。唐による統一的な律令軍団制と倭国の国造軍主体の軍事対決は、後者の大敗となった。


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※無事終了いたしました。多数の方のご参加誠にありがとうございました。