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シンポジウム・『トンボ塾』案内

縄文文化の本質に迫る−縄文人からの贈り物

講師:岡村道雄先生(元奈良文化財研究所・奥松島縄文村歴史資料館名誉館長)
資料代:1,500円・5回連続7000円(事前払い)

第1回 『旧石器遺跡捏造事件の教訓』

日時:2010年10月3日(日) 15:10〜17:00 (開場15:00)
会場:江戸東京博物館会議室

 20世紀末の2000年11月5日、旧石器遺跡の捏造が発覚した。あれから早くも丸10年が経とうとしている。大きな事件となり、私の人生も大きく変わった。やっとほぼ平静を取り戻した現在、20年以上にわたって当初から捏造を繰り返した藤村との面談結果なども踏まえて、あの事件を振り返り、事件の本質を探って、総括・反省し続けてきたことをまとめて見たい。この事件を教訓とし、考古学の社会的な役割と今後の信頼回復について真摯に再考すると共に、最近、再び混乱し始めた日本最古文化の探求や、遺物・遺構の誤認などを取り上げ、研究・報道のあの方などについても検討してみたい。

第2回 『エコハウス、土屋根の竪穴建物』

日時:2010年10月17日(日) 15:10〜17:00 (開場15:00)
会場:江戸東京博物館

 竪穴建物は、新石器時代に定住が始まってから、東北アジアに広く分布し、夏涼しく冬暖かい風土に合った建物であった。地域によっては20世紀まで主要な居住施設であったが、日本列島は竪穴建物の世界的な分布から見ると南端に当たり、北海道から鹿児島本土まで分布する。そして、畿内周辺では古墳時代半ばで終焉するが、その他地域では古代末まで、一般的な住居として一万年以上継続して築かれ続けた。
 また、これまで竪穴建物は茅葺屋根に復元されてきたが、焼失した竪穴建物の分析から土屋根だったことや、屋根材の検出状況から建物構造が分かってきた。
 焼失原因については諸説があるが、「倭国大乱」や「蝦夷征伐」の戦乱時に焼き討ちされたと説明されることも多かった。しかし、詳しく分析すると、居住しなくなった竪穴建物に火をかけたことが明らかな場合も多く、建物の解体を目的にしたものだった。

第3回 『物作り日本の原点、縄文漆文化』

日時:2010年10月31日(日) 15:10〜17:00 (開場15:00)
会場:豊島区立生活産業プラザ(豊島区東池袋1-18-1)
交通:JR、東京メトロ(丸の内線、有楽町線、副都心線各線)池袋東口下車徒歩7分
地図:こちらの地図を参照ください

 日本列島の豊かな自然は、縄文時代から管理され、クリやウルシ林が管理・育成され「縄文里山」が営まれていた。この豊かな「縄文里山」からは、食材や薬などを調達するだけでなく、建物・施設の用材、道具の素材も得ていた。里山の生態を熟知して、長期計画の下に木々を育て、ツルや植物繊維を採り、木や樹皮で容器・道具を作り、ツルやヒゴ・へギでザル・カゴを編み、編布などの繊維製品を作った。一方で数年かけて育てたウルシから、夏を最盛期として漆を掻き取り、「なやし・黒め」て、顔料を混ぜて精製した漆を、それらに多くは赤く漆を塗って仕上げた。縄文の生活文化は、自然を熟知し、豊かな資材を余すところなく用い、大切に使い、感謝を込めて祭りカミに送っていた。これらの技術は、すでに縄文で完成し、つい最近まで伝えられてきた。豊かな心を持った、物づくり日本の原点であった。

第4回 『盛り土遺構・貝塚など縄文の送り場』

日時:2010年11月14日(日) 15:10〜17:00 (開場15:00)
会場:江戸東京博物館会議室

 アイヌは、万物にカミが宿ると考え、カミガミと共に暮らし、それらの役割が終わると感謝を込めてヌサ場で祭り、カミに送っていた。縄文時代も集落周辺に送りの場を設け、親族の遺体から道具類、食糧残滓などまで、時には送りの儀式をして送った。この送りの場、送りの集積・累積は、貝殻が目立つ場合は貝塚、集落内の土地造成の廃土が多い場合は「盛り土遺構」、土器が目立つ場合は「土器塚」・「土器捨て場・捨て場」と、呼び分けられてきたと思われる。縄文時代後晩期の関東で「盛土遺構」と呼ばれているものも、この仲間であろう。いずれにせよ、これら「送りの場」は、縄文集落を構成す主要な場・遺構であり、当時の精神生活、日本人の心の原点を考える上で重要であることが、明らかになってきた。

第5回 『縄文人の祈りの道具・土偶』

日時:2010年12月5日(日) 15:10〜17:00 (開場15:00)
会場:江戸東京博物館

 考古学は物質文化(遺構・遺物)から歴史を研究する学問であり、形に残りにくい精神文化の研究・復元は諦めがちであった。しかし、祈りや祭りの道具、場所(遺構)や祭りの跡を、なんとか抽出、分析して、その実態解明に取り組む必要がある。ここでは、多くの祭祀遺物といわれているものを概説し、特に個性的な先祖の文化、縄文文化を代表する祭祀遺物である土偶について、やや時間を割いて解説したい。土偶は集落、家族、個人の安全祈願、厄払いなどのお守りで、女性が作ったこともあって、特に安産や豊穣を願ったものが多かったようだ。土偶は、縄文文化の固有性、異文化性を解明する鍵を握る祭祀遺物である。


岡村道雄先生の横顔

 1948年新潟県生まれ、東北大学大学院を出て、同大助手、東北歴史資料館、文化庁記念物課、奈良文化財研究所に勤務。退職後は、文化庁調査員・奥松島縄文村歴史資料館名誉館長などとして全国の縄文遺跡などを巡り、年の半分は自宅で「杉並の縄文人」となる。
 専門は、縄文時代と遺跡学。最近の著書に『漫画版日本の歴史1日本の始まりと国家の誕生』、『講談社学術文庫 日本の歴史01 縄文の生活誌』、『日本の美術515 縄文人の祈りの道具』(至文堂)、『ものが語る歴史20 縄文の漆』(同成社)がある。


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※無事終了いたしました。多数の方のご参加誠にありがとうございました。