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シンポジウム・『トンボ塾』案内

「トンボ塾」春季特別講座第3弾
仁藤敦史先生「継体天皇−その系譜と歴史的位置−」

日時:2011年6月5日(日) 13:30〜15:30 (開場13:00)
会場:品川区立中小企業センター
(品川区西品川1-28-3/JR大井町駅乗換え、東急大井町線各停一駅、下神明駅徒歩2分)(品川区西品川1-28-3)
交通:JR大井町駅乗換え、東急大井町線各停一駅、下神明駅徒歩2分
地図:こちらの地図を参照ください
講師:仁藤敦史 先生(国立歴史民俗博物館教授)
定員:120名
資料代:1,500円 (事前払)

 継体出現の歴史背景について通説を再検討し、「男系による世襲制」「王朝交替説」への疑問を提示する。王権の質の変化を重視するならば、継体期は「外向きの軍事王」体制が最終的に破綻した段階であり、「倭の五王」の時期の延長線上で位置づけるべきものである。継体天皇は、「倭の五王」と同じく「軍事王」としての資質を大伴氏などに期待されて即位した。彼は、摂津地域を根拠地としつつも、越前や近江、さらには尾張・美濃などとの広範な首長間交流をもち、即位前からヤマト王権の有力な構成員の一人であったが、従来の主要な王系には属していなかった。独立の維持をはかる加耶諸国と協調し、新羅、時には百済との軍事対決路線を推進したが、結局両国の軍事的侵攻を阻止することはできなかった。没後の混乱であるいわゆる「辛亥の変」も、磐井の乱に代表されるように、軍事強硬路線による軍役負担の増加に絶えられなくなった在地豪族層の不満を背景とするもので、継体の主導した路線は否定され、やがて百済へ軍事外交権を委譲することで、安定的先進文物の提供をうける欽明と蘇我氏に主導された穏健的な路線が支持され、推古朝にいたる内政の充実に向かうこととなる。(仁藤 敦史)


仁藤敦史先先生の横顔

 1982年早稲田大学第一文学部日本史学専攻卒業、1989年早稲田大学大学院文学研究科史学(日本史)専攻博士後期課程年満期退学、1989年 早稲田大学第一文学部助手、国立歴史民俗博物館歴史研究部助手、助教授、准教授を経て、現在、国立歴史民俗博物館研究部教授、総合研究大学院大学文化科学研究科日本歴史研究専攻教授併任。

主要著書

 『古代王権と都城』吉川 弘文館、「律令国家の王権と儀礼」『日本の時代史』4 吉川弘文館、「卑弥呼と台与―倭国の女王たち」 (日本史リブレット 人)山川出版、女帝の世紀―皇位継承と政争(角川選書)卑弥呼の「戦争と平和」―「魏志倭人伝」を読む(歴博ブックレット(3))日本史講座〈第1巻〉東アジアにおける国家の形成 歴史学研究会 日本史研究会など多数。


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※無事終了いたしました。多数の方のご参加誠にありがとうございました。