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シンポジウム・『トンボ塾』案内

8月/特別企画・講演&対談シリーズNo7
巨大前方後円墳と律令期陵墓の成立II
−継体天皇と三嶋之藍ノ御陵−

講師:今尾文昭先生(奈良県立橿原考古学研究所調査課長)
講師:仁藤敦史先生(国立歴史民俗博物館教授)
日時:2015年8月29日(土) 13:30〜16:50 (開場13:10)
会場:千代田区立日比谷図書文化館・コンベンションホール
(東京都千代田区日比谷公園1-4)
交通:都営三田線・「内幸町駅」A7出口、東京メトロ/千代田線・日比谷線「日比谷駅」A14出口、
丸の内線「霞ヶ関駅」B2出口より徒歩3〜5分、JR「新橋駅」徒歩10分
地図:こちらの地図を参照ください
講演:
仁藤敦史先生「継体天皇の出自と系譜」 13:30〜14:30
日本書紀
 戦前の「万世一系」の考え方を否定した戦後の古代史研究では、継体朝の前後の政治過程において「王朝交替」「二朝対立」や「内乱」「反乱」などを想定する見解が多く見られたように、こうした転換は必ずしも平和的にではなく内外の軍事的政治的緊張状態のもとでおこなわれたと考えられている。なぜ当該期にこうした緊張状態が惹起したのかを検討することにより継体朝の歴史的位置を考えてみたい。
今尾文昭先生「継体大王の登場を考古学から考える」 14:40〜15:40
今城塚
 5世紀末葉に大阪府百舌鳥・古市古墳群、奈良県佐紀古墳群における巨大前方後円墳の造営は停止する。その累積の結果が大古墳群であるが、ここに変質した。次いで、6世紀前葉には淀川北岸に継体大王の真陵と目される今城塚古墳が築かれる。周辺での中小古墳や陪塚の欠如、横穴式石室の導入、外堤への形象埴輪群の配置など、近年の発掘調査で明らかにされてきた。史料にみえる継体大王の登場とこの新たな考古学事象に有意な関係性があるか、考えてみたい。
対談:
仁藤敦史先生・今尾文昭先生「勢力拡大と三嶋之藍ノ御陵をめぐって」 15:50〜16:50
・継体は「新王朝」か(古墳の様相の変化)
・継体の本拠地はどこか(摂津三嶋・越前三国・近江)
・軍事的政治的緊張の内実
・継体の「大和入り」の当否
・継体登場前後における近畿中部の前方後円墳の配置動向(今城塚古墳・西山塚古墳)
・継体の勢力「革新」と近畿の「伝統」
・反乱伝承および支持勢力の考古学(磐井の乱―有明海沿岸、尾張型埴輪の分布)と史料
資料代:1800円(事前払い) 当日払い(2000円ただし事前予約要)

 近年、箸墓にはじまる初期の巨大前方後円墳の系譜について考古学からは、初期ヤマト王権の内実について積極的に提起されている。しかしながら、前提として記紀や『延喜式』に見える陵墓記載は、律令国家の構想により設定されたもので、巨大前方後円墳の首長墓系譜とは、基本的に異なる体系であり、被葬者の比定にも問題がある。この違いについて、考古学と文献史学双方の立場から議論、第1回の箸墓に次いで今回は継体天皇陵をとりあげていただきます。


仁藤敦史先生の横顔

 1982年早稲田大学第一文学部日本史学専攻卒業、1989年早稲田大学大学院文学研究科史学(日本史)専攻博士後期課程年満期退学、1989年 早稲田大学第一文学部助手、国立歴史民俗博物館歴史研究部助手、助教授、准教授を経て、現在、国立歴史民俗博物館研究部教授、総合研究大学院大学文化科学研究科日本歴史研究専攻教授併任。

主要著書

 『古代王権と都城』吉川 弘文館、「律令国家の王権と儀礼」『日本の時代史』4 吉川弘文館、「卑弥呼と台与―倭国の女王たち」(日本史リブレット人)山川出版、女帝の世紀―皇位継承と政争(角川選書)卑弥呼の「戦争と平和」―「魏志倭人伝」を読む(歴博ブックレット(3))日本史講座〈第1巻〉東アジアにおける国家の形成 歴史学研究会 日本史研究会など多数。


今尾文昭先生の横顔

 1955年兵庫県尼崎市生まれ、1974年同志社大学文学部卒業。1978年奈良県立橿原考古学研究所入所。現在、奈良県立橿原考古学研究所附属博物館学芸課長、博士(文学)。この間、併せて堺女子短期大学・同志社大学の非常勤講師、国立歴史博物館共同研究員を歴任。

主要著書

 『律令期陵墓の成立と都城』古代日本の陵墓と古墳2 青木書店、2008年。『古墳文化の成立と社会』古代日本の陵墓と古墳1 青木書店、2009年。


お申し込み方法

※無事終了いたしました。多数の方のご参加誠にありがとうございました。