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旅行案内

2014下期・関東の古墳をめぐるシリーズ第3弾
No.2 『龍角寺古墳群と芝山はにわの里を探る』

 龍角寺古墳群は印旛沼と利根川に挟まれた印旛郡の台地上の房総風土記の丘にあり、県下最大の石室を持つ、全長78メートルに及ぶ前方後円墳・浅間山古墳を始めとした前方後円墳36基・円墳71基・方墳6基・計113基の千葉県下でも屈指の古墳群です。あわせて北総・はにわの里・芝山町の横芝中台古墳群(殿塚古墳・姫塚古墳など11基)、はにわ博物館などを訪れます。

期間:2014年12月23日(火)=日帰り
旅行代金:13,000円
食事:昼食1回付
最少催行:8名
定員:20名
添乗員:『トンボの眼』佐々木が東京駅より同行します。
◆ 集合・解散:東京駅
◆ 中型バス利用
◆ 締切:12月5日(金)※ただし満員になり次第締切ります。
◆ 企画:『トンボの眼』編集室

旅程

■ 1日目
JR東京駅前集合(09:30)=湾岸道路=印旛郡・房総風土記の丘(龍角寺古墳群<龍角寺101号墳・岩屋古墳>)=芝山町・芝山公園(町立芝山古墳はにわ博物館・芝山仁王尊観音教寺・仁王尊芝山ミュージアム)=横芝町・横芝中台古墳群(殿塚古墳・姫塚古墳)=湾岸道路=(17:30頃)東京駅前着、解散。


みどころ

龍角寺古墳群

最も古く、6世紀後半に築造された古墳は帆立貝形古墳の101号墳と見られ、その後造営が続き、7世紀前半以降、全国的に見て最後に造られた前方後円墳のひとつ浅間山古墳、日本第二位の規模の方墳・岩屋古墳という印旛沼周辺地域で最も大きい古墳が造営された。7世紀後半、古墳群の北方に龍角寺が造営される。北東に埴生郡衙跡と考えられる大畑遺跡群があるが、これは6世紀の古墳時代後期以降、龍角寺古墳群を造った首長が、7世紀後半には龍角寺を建立し、そして律令制が成立した後も郡司となってその勢力を保ったことを示唆している。国造本紀の記述などから印波国造と考えられており、最近の研究では大生部直氏ではないかと見られている。地方首長による寺の造営、そして律令制の時代には郡司となっていくまでの経過を見ることができる貴重な遺跡として評価されている。

日本第二位の方円・岩屋古墳
日本第二位の方円・岩屋古墳
はにわ列のある墳円墳に復元された龍角寺101号
はにわ列のある墳円墳に復元された龍角寺101号墳

龍角寺院跡

白鳳時代(7世紀後半〜8世紀初め)に龍角寺が建てられた東国最古の寺院の1つとして知られ、全国でも最大級の岩屋古墳を造ったこの地域の有力豪族が、建立したものと考えられています。

龍角寺跡
龍角寺跡

横芝中台古墳群

1956年(昭和31年)に早稲田大学による殿塚および姫塚の発掘調査が行われ、全国的にも珍しい「葬列はにわ」がほぼ完全な形で出土した。二段築成の前方後円墳・殿塚の墳丘には埴輪が樹立されており、後円部上段には円筒埴輪が一周し、北側周堀前方部寄りから馬・犬・牛・牝鹿・猪の動物埴輪が鴨・水鳥等の鳥類埴輪とともに出土し、くびれ部寄りからは、靫・鎧・家等の器財埴輪が、後円部寄りからは多数の男・女人物埴輪が出土、また北側中堤から朝顔形埴輪を含む円筒埴輪列が出土し、人物埴輪2体も検出された。殿塚の北に30メートルほど離れ平行して隣接する姫塚では埴輪列がほとんど原位置を保ったまま完存していた稀有な例であり、それまで不明であった形象埴輪の配列の意味を知るうえで貴重なものである。

仲台古墳群の中心・殿塚
仲台古墳群の中心・殿塚
山田・宝馬188号墳出土埴輪「女子」/はにわ館
山田・宝馬188号墳出土埴輪「女子」/はにわ館

資料請求・お問い合わせ先

上記の国内旅行は『トンボの眼編集室』が、『トンボの眼講演会会員』向けに企画および旅程を立案し、当編集室が指定する旅行会社に手配を依頼、旅行会社との間で受注型企画旅行契約を締結する受注型企画旅行です。取消料金等の旅行諸条件は、お知らせする手配依頼会社にお問い合わせください。

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『トンボの眼』編集室
〒234-0051 横浜市港南区日野8-16-3-104
TEL:090-1706-6024 FAX:045-846-9781
担当:佐々木 章

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