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世界遺産・遺跡案内

『世界遺産が消えてゆく』刊行で言いたかったこと
〜世界遺産は泣いている
『トンボの眼』7号より

中村俊介  朝日新聞文化財担当専門記者

 「世界遺産」の響きは快い。簡潔で、なんともうまいネーミング。キャッチコピーとしては絶妙である。

爆破されたバーミヤン西大仏の無残な跡

 旅行会社のパンフレットを見ると、必ずといっていいほど「世界遺産」の文字が目に飛び込んでくるし、世界遺産を回るツアーはおびただしい。刊行物も無数にある。世間の関心はますます高まるばかりだ。確かに、異文化体験へのあこがれを集約するうえで、これほどぴったりくる象徴的存在は、ちょっとほかに見あたらない。私自身も遺跡巡りは大好きだし、各地の人類遺産が世界中の人々に認知されることは、これはこれで喜ばしいことに違いない。

 ただ、どうしても気にかかることがある。「世界遺産」という言葉が美化され、独り歩きしている感がぬぐえない。人類あるいは自然がはぐくんできた遺産を保護し、後世に伝える、という世界遺産条約本来の理念が置き去りにされているような気がしてならないのだ。「世界遺産=美しいもの、鑑賞する価値があるもの」という構図が一般に定着しつつあるように思える。その固定観念が、朽ち果ててゆく遺産たち、負の部分を背負った遺産たち、とりたてて美しいとはいえない遺産たちが抱える数々の問題を、結果的に見えにくくしているのではないだろうか。

カトマンズ盆地のバクタブル、修復が進む「55窓の宮殿」

 物事には光の当たる部分と当たらない部分がある。ならば、陰に隠れた世界遺産の一側面を取り上げてみよう。そう思って筆を執ったのが、本書『世界遺産が消えてゆく』(千倉書房)である。

 世界遺産条約のなかに「危機遺産」というリストがあるのをご存じの方は少なくないだろう。自然災害や環境の悪化、紛争、近代化、過度の商業主義、社会の変容などで消滅の危機を迎えている遺産を載せている。現在、三〇ほど。本書では、そのいくつかを取り上げ、現状を報告した。

アンコール遺跡群、ブリア・カンでも参道に並ぶ神々や阿修羅の首が失われた

 アフガニスタンのバーミヤンでは、二〇〇一年、東西の大仏をはじめとする遺跡の大半が当時のイスラム原理主義政権によって破壊された。日本の独立行政法人文化財研究所をはじめ各国が修復の手をさしのべているが、復興への道のりはまだまだ遠い。ネパールのカトマンズ盆地は神々の里としてしられるが、モータリゼーションや大気汚染の影響で、神様たちは隅っこに追いやられている。ようやく危機遺産を脱したカンボジアのアンコール遺跡群だって、いまだに違法な文化財の流出が続き、かつての内戦で受けた傷跡も癒えたとは言い難い。ほかにも風化への時を刻み続ける遺産は多い。

日本の原風景を彷彿させる白川郷萩町

 こんな例は他人事ではない。日本の世界遺産はどうか。自分の地域が世界遺産に選ばれたと溜飲を下げる一方で、新たな問題が噴出し始めている。白川郷では、遺産を支えてきた小さな共同体が崩壊しようとしている。紀伊山地の霊場と参詣道では、世界遺産の核となる普遍的な理念が、その地域で伝統を守り続けてきた人々を悩ませるような現象さえ起きた。平城宮ではトンネル計画が市民を巻き込んでの大問題になっている。屋久島や白神、知床などの自然遺産では、人為的な原因による生態系の変質が生まれているようだ。

 世界遺産が抱えるこれらの問題を解決するには、私たちの足下にも目を向けてみる必要がある。泣いているのは、なにも世界遺産のような有名遺跡ばかりではない。たとえば私たちの周りで、人知れず消えている遺跡のどれほど多いことか。高松塚、キトラ両古墳の壁画の劣化は大きな関心を集めている。遺産の価値が認知されるのにともなって、一方ではマナーの悪化や盗難などが増える、というジレンマも悩ましい。文化財を守るためには、マクロな視点とともにミクロな視点を忘れるわけにはいかない。街角のちっぽけな文化財と世界遺産とはリンクしている。つまり、私たち一人一人の自覚が欠かせないのだ。

 未来へ遺産を伝えるために、自分たちはいったい何ができるのか。世界遺産に託された使命とは何なのか。それをみなさんと一緒に考えたい。いま、私たちが遺産たちと真剣に向き合い、対話を重ねていかなければ、世界遺産はこれからも涙を流し続けなければならないだろう。