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世界遺産・遺跡案内

世界遺産の今
古都アユタヤの寺院群、洪水で損傷の恐れ

 タイ・アユタヤ県で洪水被害が拡大している。そのため17世に建設された寺院「ワット・チャイワッタナラーム」などは約2メートル浸水、長引けば損傷が進む可能性がある。同県にある世界遺産の寺院群の一部も浸水している。一帯はチャオプラヤ川に面しており、洪水は数年に一度はある。だが、今回は浸水が長期にわたり、今月に入って川の水位は寺院を守る堤防も越えた。敷地内は沼と化し、れんが造りの塔や壁だけが水面から突き出している。軍や消防が堤防補強と排水を6日から実施予定だったが、流入する水の勢いが強く断念した。県によると、上流のダムの貯水率が限界に達して断続的に放水しており、水位低下のめどは立っていない。(参考2011・10・07朝日朝刊)

古都アユタヤ

ワット・プラシーサンペット

 アユタヤ遺跡群は、チャオプラヤ川とその支流であるパーサック川、ロップリー川に囲まれた中州に集中している。これは、敵からの防御を考えて中心部の回りに運河を掘ったことによるものである。ワット・プラシーサンペット、ワット・ローカヤスターラームなどの寺院跡、王宮跡が残る。この遺跡を作ったのは1351年〜1767年に存在したアユタヤ王朝である。この王朝はナーラーイ王時代には現在のラオス、カンボジア、ミャンマーの一部を領有するほどの勢力を持っていた。中心都市であるアユタヤは、流れの穏やかなチャオプラヤ川に位置し、貿易に持ってこいの地形であった。この貿易に適した地で、王はその独占貿易で莫大な利益を収めた。上座部仏教を信仰していた王は、この莫大な利益を元に数々の寺院(ワット)を作り出した。しかし、1767年にビルマ(ミャンマー)の攻撃を受けてアユタヤ王朝は消滅した。同時にアユタヤ市内の建造物や石像は徹底的に破壊され、ほとんどの寺院は廃寺となり、王宮も台座を残すのみとなった。(参考・ウィキペディアフリー百科事典)

 アユタヤの王の遺骨を納めた3本の仏塔を含む仏教的施設。大きな破壊を受けた他の仏塔遺跡と比べ、漆喰などが当時の状態をよく保存しているため、アユタヤ時代の建築がそのまま見ることの出来る貴重な遺跡である。

撮影者:Yosemite