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美術館・博物館案内

春季特別展
「やまとのみやけと女性司祭者」一史跡 島の山古墳発掘20年一

会場:橿原考古学研究所附属博物館
期間:2016年4月23日(土)〜6月19日(日)

 島の山古墳は、「倭屯倉」がおかれた奈良盆地中央部最大の前方後円墳(墳丘長200m)である。1996年に発掘調査をおこない、前方部の埋葬施設から、碧玉製の腕輪形石製品をはじめとした数多くの遺物が出上した。女性が埋葬されていたと考えられる。調査20年を記念し、重要文化財に指定された出土遺物を一堂に集める。それとともに、関連する資料を展示し、島の山占墳の女性被葬者、さらには「倭屯倉」の関連について迫る。

★島の山古墳

 奈良盆地の中央部、大和川を望む微高地上に立地する前方後円墳である。現存長190m、後円部径105m以上、前方部幅95m以上の大型古墳であり、墳丘周囲には幅約40mの周濠がめぐる。墳丘が周濠の水の浸食を受けているため、本来は全長200m以上であったと推定される。平成8年に奈良県立橿原考古学研究所により、前方部において、主体部の粘土槨が発掘された。

 粘土槨は、長さ10.5m、幅3.4mの墓坑内に構築され、規模は全長8.5m、幅約2mである。長さ7.5mのコウヤマキ製割竹形木棺を中央に安置し、粘土を2度にわたって被覆している。棺内には、被葬者が安置された部分に水銀朱が撒かれ、頭部付近からは銅鏡3面、石製合子3点、管玉5点、胸部付近からは首飾りとみられる管玉、手首付近からは管玉・丸玉をつなげた腕輪が出土し、鉄製刀子や竪櫛も副葬されていた。

 また、鍬形石、車輪石、石釧などの石製腕飾類133点が2面ある被覆粘土の間から出土した。さらに棺上、1度目の被覆粘土上、2度目の被覆粘土上からは合計2、500点を越える玉類も検出されている。これらは連なっていたものを切り離し、ばら撒いた状態であった。こうした石製品は避邪などの呪術的な意味を持ち、当時の埋葬儀礼の様子を示すものと考えられる。副葬品に武器が見られない点から、この主体部の被葬者は女性である可能性も指摘されている。

 後円部墳頂には盗掘坑がある。周辺に島の山古墳から運び出されたと伝えられる石材が存在することから、本来、竪穴式石室が存在したと考えられるが、現在は確認できない。島の山古墳出土品と伝えられる採集遺物の多くは、この石室出土品と推測されるが、やはり石製腕飾類が数多く含まれ、粘土槨出土品と同様の副葬品が存在したものと考えられる。なお、くびれ部付近でも大型の車輪石が採集されており、前方部には未知の主体部が存在する可能性もある。

 また、平成9年度から11年度にかけて墳丘部分の調査がおこなわれ、段築、葺石、後円部を取り囲む敷石遺構、第1・2段目テラスの埴輪列が確認された。

 主体部、副葬品、埴輪などの特徴から、島の山古墳は4世紀末頃に築造された古墳である。大型の墳丘と豊富な副葬品から奈良盆地の有力首長の墳墓と考えられ、当時の大和政権の動向を知る上で欠かすことのできない古墳であり、当時の埋葬儀礼を具体的に示す点でも貴重である。よって、史跡に指定し保護を図ろうとするものである。

(文化庁・国指定文化財等データベースより)

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