PAGETOP

共に生きる

「花火 慰霊と鎮魂のため打ち上げ」

佐々木 章

風化にあらがう不忘

 8月16日の朝日新聞・天声人語に「終戦の日のきのう、靖国神社から千鳥ケ淵戦没者墓苑までを歩いた。炎天下、結構目立つのは若い世代の姿だ。逆に、戦場を体経した世代とおぼしきご高齢は随分と減っている。戦後66年。時はただ、過ぎに過ぎる。▼…この日は、近くの日本武道館であった全国戦没者追悼式に戦没将校の妻馬場宮子さんが97歳の最高齢で参列した。その「妻」も、20年前は参列者の4割を占めていたのに今年は1%に満たない。▼やはり時の流れだろうか。おとといの朝日歌壇にも戦争詠は意外に少なかった。夏八月には毎年、鎮魂、追想の歌が湧くように詠まれて戦後世代の胸も突いたものだ。詠み手の多くは父母、妻や恋人、きょうだいたちだった。▼たとえば<出撃のせまりし君が文面にはじめて吾が名呼び捨ててありき>…痛哭、哀切を当事者として語りうる人は減りつつある▼「人の世の不条理や真は、死と涙を強いられた人の心にこそ秘められている」は戦争の傷跡を撮り続ける写真家江成常夫さんの言だ。東京で開催中の写真展「昭和史のかたち」を見ると、一枚、一枚がこの国の過去と現在を突きつけてくる。▼…風化にあらがう不忘を、不戦とともに胸に畳みたい。」とあった。

東日本大震災被災者数

 映像を通して押し寄せる津波、東京電力福島第一原発の事故現場映像にくぎ付けになって以来、半年が過ぎ、節電の夏もすぎ、大きな被害をもたらした台風も去り、秋となった。

 自分の言葉では言い表せないが、溜まった新聞を拾い読みしながら、この1ケ月を振り返ってみたい。

 8月16日、15,698/4,666(放射能 国が除染 特措法成立へ)、8月17日、15,700/4,659(岩手の養殖 激減へ 揺れた送り火復興を祈って)、8月18日、15,703/4,647(甲状腺被爆 子どもの45%、23人乗船 川下り転覆)、…9月3日、15,757/4,382(党内融和 配慮 野田内閣発足)、9月5日、15,763/4,2829(台風21人死亡55人不明 紀伊半島土砂崩れや氾濫)、9月7日、15769/4227(放射能 学ぶ時 教育あしたへ 今こそ子どものために)、9月9日15,776/4,225(被災地3.6万人転出超過 岩手・宮城・福島8万人県外へ なでしこ五輪切符)、9月11日、15,781/4,086(鉢呂経産相 辞任 不適切発言で引責 震災きょう半年 不明なお4千人 避難所に6千人以上)、9月15日、15,787/4,059(福島 土除染1億立方メートル 最大値を試算 県面積の7分の1)

 日時のあとの00,000/0,000は警察庁発表の東日本大震災被災者の人数で死亡者数/行方不明者数で、( )内は朝日新聞朝刊1面に載った日々のニュースの見出しです。被害による避難者数は9月8日政府発表では74,900人となっている。

 様々な事象が日々、生じていくであろうとしても現在、そして、将来20年、30年までも決してその記憶が消えることが無いであろう日本を襲った未曾有の惨事−東日本大震災、東京電力福島第一原発事故、天声人語氏に見習うなら、時はただ、過ぎに過ぎる。…「被災者の悲しみ・事故の巨大さ」の風化にあらがう不忘を胸に畳みたい。

京都の「五山送り火」

 今夏は京都の夜空を焦がす「五山送り火」で大震災の津波でなぎ倒された岩手県陸前高田市の名勝「高田松原」の松でできた薪を使う計画が二転、三転、結局、使われなかった。被災地の人にもう一度、声を聞いてみよう。「計画を聞き、被災地の私たちは「これで御霊も多くの人に見送られて成仏できるだろう」と喜んでいました。ところが放射能不安から大文字保存会が中止を決定。薪は陸前高田市でお盆の迎え火として燃やされました。この薪は一本一本なたで割り、かんなをかけた後にそれぞれ被災者が追悼の言葉を書き込んだものでした。表皮はほとんどなく、薪というより角材や木簡に近いものです。だから放射能は検出されませんでした。多くの批判が寄せられ、京都市は急きょ、陸前高田市から新たに薪を取り寄せ、五山送り火で使う計画を立てました。しかし、検査で放射能セシウムが検出されたと中止しました。この薪は最初のものとは違い、表皮もついた薪です。検出は不思議ではありません。わかりきったことであり、私には批判をかわすためのパフォーマンスにしかみえません。…京都市はまたも被災者の心を踏みにじり、風評被害を助長したことを自覚すべきです。 岩手県北上市 70−朝日新聞8月19日「声」欄」

 9月7日朝日新聞 記者有論では、騒動は双方にとって不幸なスタートだったが交流を重ねることで絆にしていくことを示唆していた。

 その意味では「被災松、清水寺の仏像に―名勝「高田松原」の松から、京都清水寺の仏像を制作する取り組みが27日始まった」として清水寺が大日如来坐像(重要文化財)の複製品の制作を京都伝統工芸大学(京都府南丹)に依頼。同校が被災した松を用い、被災者との「合作」を企画、震災1年となる来年3月11日の完成を目指している」(8月28日朝日新聞)。こうした絆つくりあることも紹介していた。風評被害については「九州に持ち込むな」反対メール15通 福島応援ショップ中止 福岡」(9月9日朝日新聞)といったニュースがありました。

福島の花火

 「花火」といえば7月初旬に各県ごとに日時、催事名、打ち上げ数、場所など花火見物のガイド記事が掲載される。今年も7月初旬にその特集が載っていた。それらを見て各地の花火大会に出かけた人も多かっただろう。しかし今年の花火大会は例年と違っていた。「夜空に祈り 復興願う花火 <東北に元気を送りたい>」「徳川吉宗の時代、飢饉や疫病で命を落とした人の供養と悪疫払いのため、隅田川で水神祭と川施餓鬼が営まれた。東京・隅田川の花火大会は、これにちなんで打ち上げられた花火の流れをくむ。静岡・安倍川の花火は、太平洋戦争の犠牲者を悼み、平和への願いを込めて始まった。花火は人々の祈りと共に受け継がれてきた行事だ。ことしは、隅田川や安倍川をはじめ、東日本大震災の復興支援や慰霊を掲げる大会も多い。他方、「節電で電車の増発が困難」「他の花火大会の中止で観客の増加が見込まれ、警備が難しい」と中止を余技なくされたものもある。」(7月8日朝日新聞夕刊)

 季節は移り、話題も夏の「花火」から秋の「味覚」や「運動会」に代わる時間が流れた。ところが9月半ば過ぎに「福島の花火打ち上げ中止 愛知・日進 市民の抗議受け」(9月20日朝日新聞)というニュースが載りました。復興支援がテーマであったはずの花火大会で福島県川俣町産のスターマイン型花火を打ち上げなかったというニュースです。主催者の対応のまずさと被災地への想像力のなさにはあきれるばかりでした。早速、21日の声欄には「安全な花火なぜ中止するのか―福島県郡山市 58」、そして22日、日進市長が川俣町役場を訪れ「新たな風評被害のご心労をかけ、心からお詫びしたい」と頭を下げたそうだ。ただ気がかりなのは「できるだけ早い機会に打ち上げることなどを約束した」という事だ。中止したことで大きな反響となり場当たり的な約束にしか見えないのだが。被災地の人々の悲しみを慮るのであれば時間がかかっても、たとえ小さな絆であってもそれを重ねることで騒動を絆に転じる。きっと日進市民の中にも全国に知れ渡った汚名を拭いたいと思っている人々もいるだろう。市民にも十分説明し、来夏、出直して福島県川俣町産のスターマイン型花火を打ち上げたらどうなのだろう。おせっかいな様ですが五山騒動のこともあります。それがパフォーマンスに終わらなければいいがと思いました。

朝日新聞社説「福島の花火 知る、から始まる支援」

 9月24日に朝日新聞は社説に「福島の花火 知る、から始まる支援」と秋ならぬ花火を取り上げた。結論だけを引用するにとどめるが「原発事故被災地への支援は、放射能被害を正しく知ることから始まる。被災地の人たちを、理不尽なことで失望させてはならない」

 季節はずれの花火のことと言え、これ以上、食品(肉、米などの農産物、魚など)をはじめとする東北産品などに風評被害が及べばどうなるか。困難な状況にあって、それでも復興にかける東北の人々を打ちのめすことになる。社説で取り上げた朝日新聞の良識を評価したい。復興を願う多くの人に支持される正論ではないでしょうか。

 行方不明者の捜索活動は冬に向かって、必死の努力にかかわらず、ますます困難をきわめるだろう。まだまだ東北地方には理不尽にも生身の絆を断ち切られた無念な魂が、大切な人、かけがえの無い人々を失った生者の悲しみが満ちている。

 花火、それは滅びの美、消滅したものへの鎮魂−。
 最後にやはり新聞「花火 慰霊と鎮魂のため 打ち上げ」で取り上げられていた句と詩でこの稿を締めくくります。

 間断の音なき空に星花火
俳優の故夏目雅子さんが27歳で早世する直前、病室で作家の夫に抱かかえられながら
東京・神宮の花火をみて詠んだ句。
 花火のようにきえました
 花火のようにうつつなう
 はかなく消える恋でした
大正ロマンの画家竹久夢二の「花火」と題した詩。

ひまわりの花スターマイン 桜花にスターマイン・尺球
ひまわりの花スターマイン 桜花にスターマイン・尺球

花火大会で必ずプログラムにあるのが「スターマイン」(連続発射打ち)です。
「スターマイン」とは、筒をたくさん並べてその中に1ないし2個の玉を入れ、導火線と速火線を用いて順番に多くの玉を打ち上げる方式です。