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共に生きる

生命の起源についての長い論争
−カナダ・バージェスから中国・澄江(チェンジャン)へ−

おおや通信(90) 2012年9月3日号

 5月18日の「おおや通信82」でお伝えした通り、今年は大谷小学校の子どもたちに「いのち」をテーマにして、一連の校長講話をしています。毎月一度、わずか15分間の話ですが、1年生から6年生まで全員が分かるように話すのは容易なことではありません。もちろん、子どもだましの話でお茶を濁すわけにはいきません。

 というわけで、校長として話をする前には、必ず山形県立図書館に行って本をあさり、ネットでも十分に調べることにしています。講話は4月の「いのちと地球」から5月の「いのちと太陽」、6月「いのちと水」、7月「いのちと土」と続いていますが、いつも頭から離れないのは「生命はどのようにして生まれたのか」「進化を決定づけるものは何か」という根源的な疑問です。

 これらの問題については、ハーバード大学の古生物学者、スティーヴン・ジェイ・グールド教授が1989年に出版した『ワンダフル・ライフ』(邦訳は1993年、早川書房)という本が有名です。この本は、恐竜が生きていた時代よりずっと古い時代の地層から発見された膨大な数の化石群を扱ったものです。カナディアン・ロッキーのバージェスという場所から発見されたカンブリア紀(5億4200万年前〜4億8830万年前)の化石群で「バージェス頁岩(けつがん)動物群」と呼ばれています。

 グールド教授は、カンブリア紀に生物の爆発的な進化が起き、現代につながる動物の先祖のすべてがすでにこの時代には登場していたこと、しかもそのうちのかなりの動物がその後、絶滅したことを指摘しました。生物の大量絶滅は地球上で何度も起きていることも力説しています。そして最後に、ナメクジのような「ピカイア」という脊索(せきさく)動物を紹介し、これが人間を含むすべての脊椎動物の先祖である可能性を示唆して世界的なセンセーションを巻き起こしました。

 古生物に関する私の知識は19年前に読んだこの本で止まっていたのですが、今回、小学校で話すにあたって、その後の研究の進展状況を調べてみました。その結果、中国雲南省の澄江(チェンジャン)でもカンブリア紀の動物の化石が大量に見つかり、それまでの説を覆すような発見が相次いでいることを知りました(宇佐見義之著、技術評論社『カンブリア爆発の謎』を参照)。

 また、「古生物学界の教皇」と呼ばれたグールド教授に対抗するように、大英自然史博物館の古生物学者、リチャード・フォーティ氏が1997年に『ライフ』(邦題は『生命40億年全史』、2003年に草思社刊)を出版し、生命の起源に関する壮大な物語を展開していることも知りました。

 この本は、地球上に最初に誕生した生命は長さ数千分の1ミリの細菌であろうと考えられること、しかも、当時の地球の大気には酸素はなく、水素と二酸化炭素を利用して生きるメタン生成細菌と考えられる、と述べています。つまり、地球上で今生きている生物の中でこの「生命の元祖」にもっとも近いのは、光も届かず酸素もない深海の熱水鉱床の噴き出し口で生きている細菌だろうということです。

 地球で生まれた小さな細菌が長い時を経て大いなる進化を遂げ、やがて人間を含む多様な生物を生み出すに至るまでの気が遠くなるような長い物語に触れ、地球と生命に関する英米の分厚い知の蓄積に圧倒される思いでした。グールド教授のベストセラー『ワンダフル・ライフ』もすごい本ですが、このフォーティ氏の『生命40億年全史』は一人の研究者の物語としても読み応えがあります。時間に余裕のある方には、ぜひ一読をお薦めします(時間が足りない方には、宇佐美義之氏のコンパクトな『カンブリア爆発の謎』がお薦めです)。

 最近、NHKがドキュメンタリー番組で「生命は隕石に乗って火星から飛来した」という新説を紹介していましたが、その場合でも「では、火星のどういう環境の下で生命は誕生したのか」という疑問が残ります。そして、やはり「酸素もない環境で誕生した細菌こそ生命の起源」という物語が語られるのかもしれません。

 これらの本の内容は、小学校での15分間の講話ではとても語れませんが、せめてその香りだけでも伝えたいと考えています。9月の校長講話のテーマは「土とミミズ」の予定です。ミミズの研究に40年の歳月を費やしたというチャールズ・ダーウィンのことに触れつつ、ミミズの不思議を語るつもりです。〈完〉

※おおや通信…山形県で小学校の校長をしている元新聞記者さんが発信しているメールマガジン「おおや通信」の転載です。